小象

🌸❤️茨木❤️🌸

【完结】现实中的酒茨传说——酒吞篇

舰队停航的初代联盟冠军兼职拯救人理的大master五哈:

先来说个搞笑的,因为大江山的传说还真有个山叫酒吞童子山啊哈哈哈哈




预警,我之前一直拖着不写就是因为非常非常长——因为酒吞童子的传说是日本文化史发展重要的一环,意义很大,因此相关的研究之类的也比较多,我只能挑其中几个方面来说。




不管怎么说终于写到酒吞相关的传说了!(撒花)


...这也是我最后一篇相关研究了。




之前写完红叶的就已经说过自己将退坑这件事,只是酒吞的考究还没做感觉自己还有事情不能走(不能太监x


发这些传说的本意是希望对大家写文绘画时的传说背景有所帮助,因为我退坑后会删掉全部的东西,也包括这一篇,所以不嫌弃觉得能用到的话麻烦自行保存一下了!!








前几篇的地址:




茨木的传说:http://agxsk.lofter.com/post/1cd279dd_c9ee704


时间线的一点问题:http://agxsk.lofter.com/post/1cd279dd_cac324a


对之前的总结:http://agxsk.lofter.com/post/1cd279dd_cb57d39


鬼女红叶的传说:http://agxsk.lofter.com/post/1cd279dd_dbfd317


然后就是本篇。




推荐按顺序来看,茨木篇推荐配合酒吞篇食用,你们会看到我因为之前没调查清楚造成的自打脸(




下周应该就会全部删掉了(










首先,我在翻酒吞相关传说时发现了之前忽略的一个问题。




——传说中没有很明确的表示酒吞彻底死没死?或者说对于大鬼来说有被杀这个概念吗?












一、从最初说起




这部分主要讲酒吞童子物语的起源,可能会有种历史教科书的感觉...我只能说那不是你的错觉(,确实更像是在讲日本文化史变迁?




在『日本の鬼の交流博物館』的一段文献记载中,我发现了很有趣的东西,顾名思义这个博物馆是研究关于『鬼』的文化的,而文献里记载了如下的信息:




1.


『酒呑童子という名が出る最古のものは、重要文化財となっている「大江山酒天童子絵巻」(逸翁美術館蔵)であるが、この内容は現在私たちが考えている酒呑童子のイメージとはかなりちがっている。


まず「酒天童子」であり、童子は明らかに「鬼王」であり「鬼神」である。』




这是一段很有意思的话。


酒吞童子最古老的出处是『大江山酒天童子绘卷』,而绘卷的内容与我们现在普遍所了解的酒吞童子形象有很大的出入。


首先画卷讲述的是酒天童子,其次童子很明显是『鬼王』同时还是『鬼神』。




我想经常看日系作品的人应该有所了解,和中国对妖怪的态度有所不同,日本偶尔会存在鬼神信仰、也就是对妖怪的信仰。


酒吞被砍头后也有供奉他的头部的相关传说,所以酒吞其实最早的原型可以被认为和中国神化中的神灵一样的存在。




2.


酒呑童子は、日本の妖怪変化史のうえで最強の妖怪=鬼として、今日までその名をとどろかせている。




酒吞童子是,日本妖怪的变化史上最强的妖怪种类—鬼,闻名至今日。


关于鬼,在日本属于妖怪的一种,与中国泛用的死灵概念不同。


(顺便一提,天狗也属于鬼的分支,也就是说大天狗和酒茨应该算是同族...吗)


以及我在搜鬼相关的概念时意外的见到了阎魔的名字,阎魔在日本佛教一般被视作地藏菩萨的化身,这里顺带提一下。




3.


平安京の繁栄―それはひとにぎりの摂関貴族たちの繁栄であり、その影に非常に多くの人々の暗黒の生活があった。そのくらしに耐え、生きぬき抵抗した人々の象徴が鬼=酒呑童子であった。


酒呑童子という人物は史実に登場しないから、この話はフィクションの世界のできごとである。


酒呑童子物語の成立は、南北朝時代(14世紀)ごろまでに、一つの定型化されたものがあったと考えられており、のち、これをもとにして、いろいろな物語がつくられ、絵巻にかかれ、あるいは能の素材となり、歌舞伎や人形浄瑠璃にもとり入れられ、民衆に語り伝えられていった。


酒呑童子は、フィクションの中の妖怪=鬼ではあるけれども、日本の文化史の中で果たした役割は、きわめて大きいものがある。




这一段纠正了我以前的错误看法,主要是说酒吞童子是虚构的人物,我本来以为是哪个山贼被神化了而已......打脸啪啪啪(


按照说法,平安时期的繁荣=执政贵族们的繁荣,作为时代阴影非常多的人生活在黑暗的生活中(也就是被压迫的平民了吧),这个时候作为人们抵抗意志的象征、酒吞童子的形象出现了。


关于酒吞童子物语最初的发散来源也是来自于民间,酒吞童子虽然是虚构的妖怪,但是被认为对于日本文化史有着很深远的影响。




酒吞童子的洒脱和惬意,其实象征着当时人们追求自由不被压迫的思想。


(所以说传说中酒吞童子才会诱拐并杀死公主吗?因为人们想要反对皇室和贵族)




再说一点,诸位上初中时历史老师应该就有讲过,封建和宗教在历史上有着类似的作用,被统治者利用成为统治人们思想的工具,宣扬来世而让人们忍受现世,等等......




相对的,日本的妖怪信仰也可以是对此的反抗、亦或是人对自然(鬼神源于天地、大概是这种意思)的敬畏?


我不是历史学家,这个不深究了(喂。




4.


ところで、童子といえば童形の稚児のことで、神の化身でもある。したがって、酒呑童子は、山の神の化身とも考えられるわけだが、酒呑童子は仏教によって、もとすんでいた山を追われる。


それは山の神が仏教に制圧されていく過程であり、酒呑童子を迎えてくれる山は、仏教化されていない山―もっと古い時代から鬼のすんだ山―土着の神々が支配する山である大江山しかなかったのである。


酒呑童子は、中世に入り、能の発達と共に謡曲「大江山」の主人公として、あるいは日本最初の庶民むけ説話集である「御伽草子」の出現により、


広く民衆の心の中に入り込んでいった。




最初酒吞是神的化身、山神的化身之类的,但是和佛教有违才被驱逐到山上,这个演化的过程折射了当时山神被佛教压制的过程。


而能够接纳酒吞童子的,只有当时佛教没有开化的山——更古来的时代就被土著神所支配的大江山而已。


恩...关于这个部分,我基本已经可以理解,这种起源后来演变成具体的传说时,就变成了大家熟知的『寺庙里的神子酒吞』那个版本了。


这所反映出的应该是日本当时面临的宗教入侵?本土神教被佛教入侵的情况,而酒吞所属的正是更古老的本土神。


(查了下那段时期确实属于佛教的快速发展期)




虽然这还只是传说起源部分,不过还是先做个总结,因为酒吞最初的形象是神灵般的存在,所以可以认为在具体传说中酒吞确实是神子化鬼无误了。




5.


中世的怪物退治物語の代表作としての酒呑童子物語には、源氏を標榜した足利将軍家の意向をうけた「頼光=源氏の功名譚」としての要素、地におちた王権を支えようとする人々の願望としての「王権説話」、あるいは「神仏の加護」など多様な内容をもりこんでいるがもう一つ、この大江山に伝わっていた「大江山の鬼伝説」が大きな要因となっていることを見落としてはならない。


酒呑童子は頼光に欺し殺される。頼光たちは、鬼の仲間だといって近づき、毒酒をのませて自由を奪い、酒呑童子一党を殺したのだ。


このとき酒呑童子は「鬼に横道はない」と頼光を激しくののしった。




酒呑童子は都の人々にとっては悪者であり、仏教や陰陽道などの信仰にとっても敵であり、妖怪であったが、退治される側の酒呑童子にとってみれば、自分たちが昔からすんでいた土地を奪った武将や陰陽師たち、その中心にいる帝こそが極悪人であった。


「鬼に横道はない」酒呑童子の最後の叫びは、土着の神や人々の、更には自然そのものが征服されていくことへの哀しい叫び声であったのかもしれない。




正如上面所说,酒吞童子的传说既然象征着平民的反抗思想的话,当时的统治者——贵族自然就不会放任其发展,所以有了后来的大江山鬼退治。


酒吞童子对于人来说是恶者、对佛教和阴阳道来说是信仰之敌,但是从妖怪的角度来说夺取他们土地的武将和阴阳师,才是极恶之人。




可以说,大江山众鬼传说的最终走向以当时的历史环境来说是必然的结果吧,结局反而是歌颂了贵族的功绩,真是讽刺。








起源部分到这里就差不多结束了,做个总结:




到此也算解答了我之前的一点疑惑——为什么茨木的传说比起酒吞的部分显得如此单薄、甚至像是依附而生的,酒吞手下的四熊童子更是连生平的影子都没有?


现在看来,酒吞童子的诞生更像是一种文化的发展,而茨木是确实的衍生传说而已。












二、酒吞童子的传说




起源讲过了,下面就直接切入正题讲传说吧!






1.出生




酒吞的出生有以下四种主要的说法,摘自维基:




越後国の酒呑童子出生伝説[編集]


伝教法師や弘法大師が活躍した平安初期(8世紀)に越後国で生まれた彼は、国上寺(新潟県燕市)の稚児となった(国上山麓には彼が通ったと伝えられる「稚児道」が残る)。


12、3歳でありながら、絶世の美少年であったため、多くの女性に恋されたが全て断り、彼に言い寄った女性は恋煩いで皆死んでしまった。そこで女性たちから貰った恋文を焼いてしまったところ、想いを遂げられなかった女性の恨みによって、恋文を燃やしたときに出た煙にまかれ、鬼になったという。そして鬼となった彼は、本州を中心に各地の山々を転々とした後に、大江山に棲みついたという。


一説では越後国の鍛冶屋の息子として産まれ、母の胎内で16ヶ月を過ごしており、産まれながらにして歯と髪が生え揃い、すぐに歩くことができて5 - 6歳程度の言葉を話し、4歳の頃には16歳程度の知能と体力を身につけ、気性の荒さもさることながら、その異常な才覚により周囲から「鬼っ子」と疎まれていたという。『前太平記』によればその後、6歳にして母親に捨てられ、各地を流浪して鬼への道を歩んでいったという[3][4]。また、鬼っ子と蔑まれたために寺に預けられたが、その寺の住職が外法の使い手であり、童子は外法を習ったために鬼と化し、悪の限りを尽くしたとの伝承もある[4]。


和納村(現・新潟県新潟市)では、村付近の小川に棲む「とち」という魚を妊婦が食べると、その子供は男なら大泥棒、女なら淫婦になるといわれ、その魚を食べたある女の胎内に16ヶ月宿った末に生まれた子供が酒呑童子だといい、この地には後に童子屋敷、童子田などの地名が残されている[5]。


伊吹山の酒呑童子出生伝説[編集]


奈良絵本『酒典童子』によれば、酒典童子は、近江国須川(米原市)の長者の娘・玉姫御前と、伊吹山の伊吹大明神(八岐大蛇)との間に生まれた。伊吹大明神の託宣によって、出産後、玉姫は伊吹山に上り、酒典童子は祖父である須川の長者の子として育てられた。


10歳のとき、酒典童子は高野山と比叡山のどちらかで仏道修行をするよう祖父から勧められ、高野山は遠すぎるという理由で、近くにある比叡山の稚児となった。入山後、彼は三塔一の学僧とたたえられるまでになったが、酒好きであった。これは五戒の一つ飲酒戒に反するため、彼は皆から軽蔑されたが、師僧に強く叱られると酒を断った。


その頃、都が平安京に移り、内裏では祝賀行事として京都の人々による風流踊が催され、諸寺にも風流踊を披露するよう勅命があった。比叡山が都の鬼門に当たるということから、酒典童子の提案で比叡山の僧たちは「鬼踊り」を披露することになった。踊りの際に用いる鬼の面は酒典童子が全て用意した。


内裏での披露が終わると、比叡山の僧たちに酒が振る舞われた。鯨飲した酒典童子は、鬼の面を着けたまま山に帰って寝た。翌朝、目を覚ましてみると鬼の面が外れなくなっていた。その姿を僧たちから恐れられ、最澄によって比叡山を追われた酒典童子は、祖父・須川の長者のもとに帰った。しかし祖父は鬼の姿となった酒典童子を迎え入れず、両親のいる伊吹山に追い払った。


酒典童子は伊吹山に上り、母の導きで山の北西にある岩屋にこもると、神通力を持つ本物の鬼となり、一帯の人々をさらって食べるようになった。これを憂えた最澄の祈祷によって伊吹山から追放されると、日本中の山々をさまよい、最終的に大江山にたどり着いた。


大江山の酒呑童子伝説[編集]


平安時代から鎌倉時代に掛けて都を荒らした無法者としての“鬼”は、丹波国の大江山、または現在の京都市西京区大枝(おおえ)、老ノ坂(おいのさか)(京都市洛西地区)及び隣接する亀岡市篠町王子(大江山という小字がある)に本拠があったという。丹波国の大江山の伝説は、大枝の山賊が行人を悩ませたことが誤り伝えられたものとする説がある[6] 。


大和国の酒呑童子出生伝説[編集]


大和国(現・奈良県)の白毫寺の稚児が、近くの山で死体を見つけ、好奇心からその肉を寺へ持って帰り、人肉だと言わずに師の僧侶に食べさせた。その後も稚児は頻繁に肉を持って帰り、やがて死体の肉を奪うだけでなく、生きている人間を襲って殺し、肉を奪うようになった。不審に思った僧が稚児の後を追って真相を知り、稚児を激しく責め、山に捨てた。この稚児が後に酒呑童子となり、捨てられた場所は「ちご坂」の名で後に伝えられた[7]。


別説では、白毫寺の住職のもとに生まれた子が、成長に従い牙や角が生え、後には獣のように荒々しい子供となった。住職は世間体を恥じて子供を捨てたが、後にその子が大江山に入り、酒呑童子となったという[7]。






越后国,伊吹山,大江山,大和国,四种版本。


....................字数你们也看见了,逐句翻我会懒癌症发作死掉的(喂)所以大体概括一下。




越后国:


酒吞童子诞生在伝教法師和弘法大師这两位佛教大师活跃的平安初期(8世紀)的越后国,并成为稚児。


关于稚児......本意是少年修行僧,后来开始有别的意义(,这里姑且还是成为了少年修行僧的意味。


十二,三岁的同时,身为绝世美少年的酒吞拒绝了很多女性的求爱,向他搭讪过的女性都患上相思病死掉了。


终于当酒吞烧掉女性们的情书时,思慕却无法实现的女性们的仇恨融入了燃烧情书的烟中,被这充满怨恨的烟雾环绕的酒吞鬼化了。


鬼化后的酒吞最终前往了大江山。


另一种说法是作为越后国的铁匠的儿子出生,母亲怀胎16个月,出生时牙齿和头发就长齐了、马上就能行走还能说出5 - 6岁左右程度的语言,4岁的时候就掌握了16岁左右的智力和体力,天生狂气的性格和异常的才智被周围的人称为“鬼之子”并疏远(顺带一提并没看到茨木被称为鬼之子,百度百科搞混了吧...茨木也有怀胎16个月的部分但是没有并称为鬼之子相关的说法、以及该说我已经懒得吐槽百度百科了......)


在酒吞6岁时母亲抛弃了他,于是他开始作为鬼四处流浪。


另外也有说法是被污蔑为鬼之子、托付给了寺庙,在那里被主持教导了外法?才鬼化的版本。








伊吹山:


酒吞是近江国須川的大富豪的女儿玉姫御前和伊吹山神八歧大蛇生下的孩子(出现了,妖怪信仰!),根据大明神(八歧大蛇)的口谕,生下酒吞后御前前往了山上、而酒吞留给富豪抚养。


接下来简写,咳咳(


酒吞10岁时前往比睿山成为少年修行僧、但是爱好喝酒违背戒律而被严厉的训斥,一次酒吞带上鬼面具跳舞、喝的酩酊大醉后没拿下面具就睡觉了,隔天却发现面具拿不下来,僧侣们惧怕他而将他驱逐、他的祖父看到他这种样子也拒绝了他,最终只能前往伊吹山寻找自己的父母,在母亲的引导下成为了真正拥有神通的鬼,把附近一带的人全吃了(算是复仇吧,被这些人拒绝接受)


最终又从伊吹山被放逐、前往了大江山。








大江山:


没啥好说的,一句话,空降大江山,突然出现在大江山的鬼。








大和国:


大和国白毫寺的少年修行僧,在附近的山上见到人的尸体,因为好奇把肉带回来,没有说是人肉就让寺院中的僧侣吃了下去,之后又频繁带肉回来,后来不仅是尸体也开始袭击生人,起了疑心的僧人们最终得知了真相,激烈的责备了少年之后把他丢进了山里——这孩子后来就成了酒吞(。


也有说法是白毫寺住持生下的孩子,因为长着獠牙和角、犹如野兽般粗暴,被碍于面子的主持丢弃了。




总结下,酒吞毫无疑问是反佛教的思想下诞生的人物,和佛教各种不合(


以及无一例外是曾做过少年修行僧。








2.结局


京都に上った酒呑童子は、茨木童子をはじめとする多くの鬼を従え、大江山を拠点として、しばしば京都に出現し、若い貴族の姫君を誘拐して側に仕えさせたり、刀で切って生のまま喰ったりしたという。あまりにも悪行を働くので帝の命により摂津源氏の源頼光と嵯峨源氏の渡辺綱を筆頭とする頼光四天王(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)により討伐隊が結成され、長徳元年(995年)に討伐に向かった。姫君の血の酒や人肉をともに食べ安心させたのち、頼光が神より兜とともにもらった「神便鬼毒酒」という毒酒を酒盛りの最中に酒呑童子に飲ませ、体が動かなくなったところを押さえて、寝首を掻き成敗した。しかし首を切られた後でも頼光の兜に噛み付いていたといわれている。


頼光たちは討ち取った首を京へ持ち帰ったが、老ノ坂で道端の地蔵尊に「不浄なものを京に持ち込むな」と忠告され、それきり首はその場から動かなくなってしまったため、一同はその地に首を埋葬した。また一説では童子は死に際に今までの罪を悔い、死後は首から上に病気を持つ人々を助けることを望んだため、大明神として祀られたともいう。これが現在でも老ノ坂峠にある首塚大明神で、伝承の通り首から上の病気に霊験あらたかといわれている[8]。大江山(京都府福知山市大江町)の山中に埋めたとも伝えられ、大江山にある鬼岳稲荷山神社の由来となっている。




前略(,关于治退可看前几篇整理,有提到,重点在于酒吞被砍头后有认为他咬住了源赖光的盔甲(也见过头飞在天上攻击来治退的武士的说法...鬼火球?)




——所以完全没哪个版本说酒吞这就咽气了?!我之前竟然忽视了这点!!




之后不约而同的传说中都提到了赖光想要将酒头(酒吞的头的简称)带回京城,我一想估计就是带回去镇压or封印吧?一般来说鬼都是被镇压or封印而不是被杀死、之前认为被砍头=被杀的我果然是想的太简单了。


然而就在此时地藏像告诉赖光不能把不祥之物带进京城,而酒头在那个场合突然不能动了——也就是说酒头之前一直在挣扎在动!!天啊,我能幻想到脸色狰狞的酒头了(笑出声.jpg),因为发现这里似乎就可以镇压酒头于是就地掩埋了(就地埋了真不怕被茨木挖回去吗(。




还有一种说法是酒吞临死之际为此生之罪反省、希望能治疗人们的头部疾病,结果——




——成了大明神。




还被供奉了起来(又见到了,妖怪信仰!),据说去参拜对头部疾病还真的很有效?!现在还有相关的神社在......




合着两个版本一个没死透一个直接成神了?????




我之前到底是看得多不仔细竟然会得出一个酒吞死了的结论......这教科书般的我还能在抢救一下(后面成神的版本连抢救都省了白日升天自行复活...厉害




哦对还有,我上面提过,阎魔在日本被视为是地藏菩萨的化身......




恩?


阎魔?地藏菩萨的化身?地藏像?


结合阴阳师的剧情,你们不觉得能脑补点什么吗(








3.与茨木




这部分请结合茨木篇来看,没看过茨木的传说可能不知道我在讲啥(。


http://agxsk.lofter.com/post/1cd279dd_c9ee704




怎么说呢,写到这里,我个人的疑惑差不多也解决完了,酒吞和茨木,酒吞是作为神而生死后又可能成神了的存在,而茨木,更多的体现出了『人性』。


这可能也是两鬼结局的走向完全不同的原因,作为虚无缥缈的神如同人们老旧的信仰一样迎来了黯淡的结局,而充斥着人性的茨木则活了下来。


看茨木的传说会发现茨木相当的有人性,成为鬼可以说是命运,但是化鬼后的茨木会因为母亲的话而放弃攻击村子、会为遗弃自己的生父带去财宝、在大江山分崩离析后,一个人的茨木在传说中下落不明,有人认为茨木最终还是回到了自己的家。




酒吞的生平无一例外的都是从小就开始性格恶劣、生食人肉,或者更干脆的作为神子诞生,说他没有人类的部分也是可以的。


可以说比起完全与人类观点脱节的酒吞、茨木在传说中的形象真的温柔很多,或许正是这个原因构造他们传说的人才最终选择让茨木成为大江山唯一活下来的鬼。




稍微有点想法...后世会传言茨木可能是女鬼是不是就是因为茨木太人性化了(




而有着如此众多黑历史的酒吞(明明就起源来说应该是神的形象你们11区对神的定义真奇怪......),自然没什么郎才女貌的情缘佳话留下来,除了恶鬼般的一面,酒吞唯一留下的正面关系就是和茨木了。




可能是兄弟、可能是父子、也有可能是『恋人』,这是研究者们得出的结论。




无论哪个版本的传说,孤单一人的茨木最终都被酒吞收留......啊啊啊,在我查相关的资料时,真是感觉非常非常甜!!说是酒吞温柔的部分都留给茨木了也不为过吧!!




最后,奉上一张偶然看到的茨木绘卷:



这白卷毛!这小角!唔哦哦噢噢噢噢这个茨木的原型比那个傻石像好看多了!!!!








后记:


......回首YYS,虽然整体我还挺满意的,但是强行修罗场真是完全打破了传说中酒茨之间说不清道不明的气氛(




不过说真的,如果没有阴阳师的剧情,我根本不会去关注酒吞童子和茨木童子之间的故事,可以说正是喜欢阴阳师中的酒茨才开始调查这一切的,只是没想到传说给我喂了一大把糖反而是阴阳师游戏里的剧情让我很纠结(




我眼里阴阳师剧情里酒吞和茨木的关系基本可以这么概括:


茨木找打,酒吞表示不打,我躲你还不行?


(怼完晴明)酒吞:茨木,稍微陪陪我吧......


茨木:好的挚友!来了挚友!




其实感觉也挺萌的......




如果官方最近不是各种搞事导致我被群里各种黑泥刷屏也不会心累到退坑休息了。




之所以会删除是因为不打cptag像夹私货,打了又担心被认为是临走蹭热度,所以之后删掉就没这个麻烦了!




我对阴阳师这个游戏整体还是好评的,真的,只是最近被黑泥刷屏有点心累,游戏还会继续玩,以及......




酒茨也好,别的也好,希望我爱的cp最终都幸福!!!!!坑里的大家也请加油!!!!!


(官方:我事还没搞够——        我:西奈!!)













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  1. 骨殳咕咕咕咕咕 转载了此文字